歴史トップ >> ②昭和前期

天然記念物 歌才ブナ林 2度の伐採危機を乗り越えた昭和前期30年(1925-1954年)

1928(昭和3)年

  • 歌才ブナ自生北限地帯が国の天然記念物指定。
  • 室蘭本線の開通により鉄道の拠点が長万部に移り、鉄道関係者減。
  • 作開地区奥「大金鉱山」金鉱発見(1935年に青化精錬所完成)

1932(昭和7)年

 

  • 黒松内酪農組合(後の黒松内町農業協同組合)設立

1935(昭和10)年

 

  • 西沢地区奥「大榮鉱山」金鉱発見(1940年に精錬所完成)

1943(昭和18)年

  • 従業員400余名を有した「大金鉱山」、従業員600余名を有した「大榮鉱山」が太平洋戦争により閉山。

1944(昭和19)年

  • ブナ林の伐採危機。
太平洋戦争末期。戦局の悪化が深刻な物資不足を招き、底をついた鉄の代わりとして木材が重用されるようになりました。この際、飛行機のプロペラ用にと着目されたのが、歌才のブナ林だったのです。しかし、北方植物の権威、館脇操北海道大学教授がその価値を主張。北限のブナ林は辛うじて伐採を免れました。

1947(昭和22)年

1948(昭和23)年

  • 市街地大火(消失家屋33戸、39世帯、被災者206人)

1949(昭和24)年

  • 坂下薬店創業

1950(昭和25)年

  • 勤医協黒松内診療所12月開設(2016年3月閉所)
  • 上大成小学校開校(1976年閉校)
  • 東栄(1971年閉校)・豊幌(1978年閉校)・大成中学校開校(1987年閉校)

1951(昭和26)年

  • 黒松内村開村70周年記念式典挙行
  • 道立八雲高校黒松内分校定時制を黒松内中学校に設置(1960年廃止)

1952(昭和27)年

  • 村立国保診療所設置(1958年に村立国保病院)
  • 朱太川内水面漁業協同組合設立
  • 五十嵐小学校開校(1967年中ノ川小学校へ統廃合)

1954(昭和29)年

  • 国立科学博物館地学課長が、本熱郛貝灰層より鯨化石発掘。
  • ブナ林の2度目の伐採危機 。
合併を目前に控えた黒松内村は、財政赤字を埋めるための財源として歌才ブナ林に着目。伐採を視野に、国の天然記念物指定解除を働きかけます。しかし、そこに待ったをかけたのが地元住民有志でした。文化財保護委員会や衆議院議員といった関係各所に「歌才ブナ林の恒久保存を訴える請願書」を送付するなど保護運動を展開。指定解除は回避されました。